1. HOME
  2. MWMA通信
  3. 民間救急(患者等搬送事業者)のあるべき姿とは⁈ 旅行業を源泉とする株式会社スター交通の取り組みとアフターコロナの姿

MWMA通信

民間救急(患者等搬送事業者)のあるべき姿とは⁈
旅行業を源泉とする株式会社スター交通の取り組みとアフターコロナの姿

=クルーズ船での支援活動から2年半、日本初の「移動式移動式PCR検査バス」も開発=
対極にあるといわれる「救急」と「旅行」……⁈
「モビリティ」という共通点から、Well-beingの本質を考察する

2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市において初めて確認されて以来、全世界をパンデミックに陥れた新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。2年半近く経過した現在もなお、それはくすぶり続け、人々の日常生活や行動、感性までをも変容させている。

その中で、にわかに注目を集めているのが、民間救急の存在だ。正確には「患者等搬送事業者」といわれ、行政機関から認可を受けた事業者を指す。COVID-19禍にあっては、この民間救急の車両が感染者の搬送において、大きな役割を果たしてきた。
その理由は、感染者の爆発的増加、受入先医療機関が見つかるまでの所要時間の増加、そして出動後の消毒などに伴い、消防署の救急車の稼働効率が著しく低下し、患者搬送が追い付かなくなっていたたからだ。当然ながら、救急車が救う命はCOVID-19感染者に限らない。心臓発作や脳梗塞といった重篤患者、交通事故など、緊急を要する事案は枚挙にいとまない。

この状況を踏まえて、総務省消防庁救急企画室は2020年4月14日、各都道府県消防防災主管部宛てに「新型コロナウイルス感染症患者等の転院等にかかる搬送の対応について(依頼)」を通達し、「地域の実情や搬送される患者の状態に応じて、保健所の所有する車両、消防機関の救急車、民間救急車、病院救急車、ドクターカーを活用する」としている。これを踏まえて、民間救急へのニーズは一気に高まった。
また、2020年春から総務省消防庁が行っている調査では、「救急搬送困難事案(救急隊による医療機関への受入れ照会回数が4回以上、かつ現場滞在時間が30分以上の事案)」の件数が増減を繰り返していることが明らかになった。当然、その中には体温37度以上の発熱、呼吸困難など、COVID-19の疑いがある症状が含まれている。特に2022年に入ってからはオミクロン型変異ウイルスの急拡大を受けて、救急搬送困難事案の件数は週/6,000件超の増勢をみせており、そのうちCOVID-19の疑い事案が2,000件超と、昨夏を上回る水準で推移しているという。

民間救急は、このような課題の狭間を埋める存在として、COVID-19の軽症者の搬送を中心に、その一翼を担ってきた。それは、一般の人たちが気付かない暗中飛躍といわれるような活躍だったかもしれない。しかし、民間救急が消防救急や医療機関、保健所などの「救命救急」を補完する役割を果たすことで、逼迫に直面しているさまざまな領域で「余力」が生まれ、より多くの「救える命」をつないできたことは確かである。

そこで今回は、旅行業を本来の営みとしながら、自社が有する搬送機能を「救える命」へと傾け、2020年1月に発生したクルーズ船の搬送で活躍し、注目を集めた株式会社スター交通(本社:群馬県邑楽郡大泉町坂田256-2 以下:スター交通)をクローズアップ。同社の碓氷 浩敬 代表取締役社長ならびに新井 康弘 民間救急事業部長から、同社における民間救急事業の変遷を踏まえた「あるべき姿」について伺った。旅行業としてスタートした同社ならではのポストCOVID-19、アフターCOVID-19への熱い思いは、SDGsの延長線上にある「Well-being」への道程を内包まれているように感じた。

クルーズ船の集団感染で「搬送」の窮地を救った民間の力

COVID-19の幕開けを象徴する出来事として記憶に新しいのが、横浜港に寄港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号(以下:DP号)」で発生した大規模クラスターの衝撃である。時計の針を戻してみよう。
DP号は世界57カ国から乗客2,645人、船員1,068人の計3,713名を乗せて、2020年1月20日に横浜港を出港。1月25日に異変を訴えた80代男性乗客が香港で下船し、2月1日にCOVID-19に罹患していたことが確認され、横浜港へと戻ることとなった。香港から報告を受けた厚生労働省は2月3日、すでに2月1日に那覇港に寄港した時点で検疫を受けたDP号の乗客・船員全員に対して、横浜港で再度検疫を実施することを決断。検疫官が船内に入り、全乗客・船員の健康状態を確認しつつ、発熱・呼吸器症状があった人とその同室者に対してPCR検査を行った。結果、2月4日に10名の陽性者が確認され、以降、続々と陽性者が判明。最終的には少なくとも乗客・船員の感染者数712名、死亡者数14名、加えて検疫官や船会社の医師ら外部から対策に入った9名の感染が確認される惨事に至った(数字は厚生労働省発表)。

当時、クルーズ船が着岸した横浜港は、まさに騒然としていた。船外では消防救急はもとより、自衛隊車両、民間救急車両が集結し、サイレン音が鳴りやまない状況で、多くの報道関係者も駆け付けていた。一方、船内ではDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)が医療行為を施しつつ、重症度を3分類とする「神奈川モデル」に対応して感染者を症状に応じて振り分ける作業、COVID-19以外の医療ニーズへの対応などに追われていた。

当然ながら、重要なことは感染者をいかに迅速かつ適材適所に指定医療機関に搬送し、未曽有の感染症から生命の危険を遠ざけることだ。これについては、事態対応の初期から中期に掛けては確定症例の搬送を優先しつつ、「神奈川モデル」を踏まえて、症状に合わせた分類を実施した。具体的には、重症者に関しては医療機関におけるICU(Intensive Care Unit:集中治療室)などの負荷に配慮、中等症においては基礎疾患を持っている人、酸素投与で回復が図れそうな人たちなどに分類。医療機関にできるだけ大きな固まりで受け入れてもらえるよう、調整を行った。また、軽症者・無症状者は入院させない方針としたが、加えて濃厚接触者、検査時点で陰性がとされた人たちもまた、感染の疑いがまったくなくなったわけではない。しかも対象は、乗客・乗員合わせて3,713名だ。人数が人数だけに、健康状態などの情報が十分に得られないまま下船した人たちが多数存在していた。これらの人たちを含めて、症状に応じて医療機関へ、隔離を目的とする宿泊施設へ、そして感染を広げることなく安全に帰宅させることは、まさに至難の業だった。

最大の障壁は、受け入れ先となる医療機関が、神奈川県内だけで対応困難となっていたことだ。すでにCOVID-19の第1波は始まっており、神奈川県内においてはDP号以外の人たちの受入先を担保しておく必要もあった。そこで、受入先を県外に求めるとともに、感染者をできるだけ自宅近くの病院に搬送するという観点も含めて、いかに早く、効率的に搬送するかに神奈川県の輸送調達担当者は頭を悩ませていた。

そこで白羽の矢が立ったのが、観光バスの運行を行いつつ、民間救急事業を立ち上げていたスター交通であった。とはいえ、実際にスター交通への要請に至るまでにはかなりの紆余曲折があった。神奈川県では、一度により多くの人を搬送できることから、自力移動が可能な人たちを対象にバスで効率的に搬送する方法を模索し、地元神奈川県ならびに近隣都道府県のバス協会に打診した。しかし、乗務員の安心・安全を踏まえた感染リスク、それに伴う風評被害などの判断から、要請に応えてくれる搬送事業者は見つからなかった。そこで、民間救急サービスに関する全国規模の相談窓口である一般社団法人全民救患者搬送協会に相談。同協会の小谷 哲司理事長を通じてスター交通に要請が入ったという。その時の心境を、碓氷社長は次のように振り返る。

「その時点では、まさに正体不明のウイルスだったので、さまざまな憶測が飛び交っていました。それだけに、正直なところ、引き受けることに不安がなかったわけではありません。まずは、社員の安心・安全を担保できるかどうか。また、当時はまだ観光ツアーやホテルの送迎が稼働していたので、請け負えば、当然、風評被害が出るであろうことが予測されたので、経営判断も必要でした。加えて、営業区域外からの依頼でしたので、特例が認められるのか? という疑問も残りました。普段は即断即決するタイプなのですが、今回ばかりは即答できませんでした。時間にして30分ほどだったと思いますが、まさに時間が止まった感覚に陥った“人生で最も長い30分”でした。それでも請け負うことを決めたのは、最終的に“困っている状況を、見て見ぬ振りはできない”という思いが勝ったからです。これは自分の性分でもありますが、同時に民間救急に参入した際の信念でもありました。これをきっかけに会社が存続できなくなるかもしれないという不安も過りましたが、その一方で信念を曲げたら会社の存在価値がなくなるとも考え、最終的にはこれまで会社としてし、取り組んできた軌跡を守り切るという観点から、今回の依頼を断る理由はないと判断しました」

碓氷社長

株式会社スター交通 代表取締役社長 碓氷 浩敬

決断後のアクションは迅速だった。打診があった2月9日夕方から医療用マスクやゴーグル、ディスポーザブル防護服などをフル稼働で調達し、運転手と乗組員の感染リスク低減に最大限の努力を払った。また、本来は出発地点に拠点を有する運行事業者であることが原則となっている貸切バスの営業区域外の問題も、手配と同時進行で神奈川県、国土交通省をはじめとする関係各機関との調整を進め、クリアして送り出すことができた。
専務が陣頭指揮を執って早朝5:00に本社を出発したバスは、翌10日の午前8:30に横浜大黒埠頭に配車(到着)。初日は待機となったが、その後社員2名を追加して、11日からは静岡・岐阜・滋賀・大阪・奈良・長野・茨城などへの遠方搬送に明け暮れるとともに、その合間を縫って東京都世田谷区にある自衛隊中央病院への搬送も担った。これは、DP号陽性者のほぼ5分の1に相当する120人以上を医療機関へ搬送したことを意味する。さらに大黒埠頭内に緊急設置されたPCR検査場と船内とのシャトル搬送に尽力するなど、バスによる搬送業務は2月28日まで続いた。

ただし、風評被害については予想通りで、当初は散々の結果となった。「群馬県のコロナはスター交通が持ち込んだ」、「金のためなら営業区域外を含めて何でもやる会社」などの誹謗中傷がSNSなどで飛び交った。しかし、その活躍ぶりがメディアなどで取り上げられ、広く紹介されるにつれて、それは感謝、労いといったメッセージへと変化し、誹謗中傷の数十倍ものエールが送られるようになっていった。碓氷氏はその移ろいに、経営者として安堵の胸をなでおろしたという。

COVID-19禍ならではの要望に応えて、需要を拡大

クルーズ船事案を契機に、スター交通のCOVID-19感染者搬送への取り組みは加速していった。自社で所有する高規格準拠救急車(トヨタ・ハイメディック)に隔壁を施すなど感染対策の準備を進める一方、第1波当初から群馬県内および近隣自治体に向けて積極的なアプローチを展開。軽症者から重症者を含めて、各自治体のモデルに立脚した搬送要請に応えることで、多くの自治体とのリレーション(関係性)を築き、群馬県はもとより、栃木県、埼玉県、東京都、千葉県、宮城県、神奈川県、静岡県……で実績を積み上げていった。
加えて2021年02月には関連会社として株式会社ウェルネットレンタ&リースを設立。いわゆるオンデマンド(必要に応じて)で自治体などに「車両+人的リソース(介護士・看護師などの介助者)」をレンタル契約で提供するビジネスモデルを確立した。自治体によってCOVID-19対策の方針や考え方に微妙な違いがあったため、感染者の搬送においても多様かつ柔軟な対応が求められた。そのためには、オンデマンド対応が、最もフィットしていると考えたのだ。COVID-19は何度も大きな波を繰り返してきたが、その波が押し寄せる度に、新会社の電話は自治体などからの相談・要請で鳴り止むことはなかったという。

しかし、同社の民間救急ビジネスに弾みがついたのは、単に逼迫した状況にあった関連機関や担当者に、その存在が広く知れ渡ったということだけではない。そこには類稀な努力の裏付けがあった。依頼を受けた地方自治体に、感染症対策の有効性を高めるための資料やレポートを月次で作成・配布し、アフターフォローを徹底するとともに、状況に応じて提案を行うなど、常に自らに改善を求めた結果といえる。このような努力の積み重ねが功を奏し、自治体からの依頼が相次いだという。

また、貸切バスにおいても感染対策仕様を施し、キャラバンタイプの感染対策車と併せて新たな需要も開拓した。貨物船員の転船業務を行っている会社からは、外国籍船員の交代時に、指定された港まで送り届ける依頼を受注。日本では水際対策として海外からの入国が制限されていたが、例外的に貨物船の船員交代が認められていたからだ。ところが、国内で船員が交代できる港は山口県・下関港と福岡県・門司港に限られていた。そのため、片道1,000㎞以上の往復も余儀なくされたという。同様に外個人技能実習生を成田・羽田から就労地などに搬送する業務も引き受けた。厚生労働省の依頼により、海外から専用チャーター便で帰国したしてきた日本人を成田空港から自宅へ送る帰宅専用車も仕立てた。まさに八面六臂の活躍だった。
とはいえ、タフな仕事ばかりであったため、従業員の負荷が心配された。それでも、自分たちが「最後の砦」だという認識と使命のもと、「依頼を断ることはできなかった」と碓氷社長はいう。それだけに、従業員への感染対策はもちろんのこと、人員を増やしてローテーションを組み直すなど、体調管理と心身のケアに必死に取り組んだ。

「クルーズ船の搬送で培った経験が民間救急事業の推進力となり、当社の経営を支える柱に成長したことは間違いありません。実際にCOVID-19の感染拡大以降、従来の柱だった旅行業はほぼ壊滅状態。いまや民間救急事業がコアコンピタンスとなりつつあります。しかし、当社が単なる貸切バス事業者であったら、このようなビジネス機会は、決して巡ってこなかったでしょう。民間救急事業を併せ持った貸切バス事業者であったからこそ、声を掛けていただいたと認識しています。同時にクルーズ船の事案は、当社のビジネスの在り方そのものを原点に立ち返らせてくれたと考えています」(前出:碓氷社長)

民間救急参入に当たっての「原点」とは……⁈

実はスター交通が民間救急事業に参画したのは、10年以上前の2011年1月に遡る。前身は観光ビジネスを学び、旅行代理店勤務を経て、2002年1月に碓氷社長が設立した「株式会社ワールドツアーズ」。旅行にまつわる企画・実施あるいは仲介を請け負う旅行代理業だった。それがようやく軌道に乗りつつあったため、当時、次の展開として準備していたのが貸切バス事業を核とするスター交通だった。中古バス5台を用意して、自ら企画した旅行商品をより効果的に演出して、顧客に楽しんでもらうことを目指していた。ところが、準備が進み、予約も埋まってきて「いよいよ本番」と意気揚々と臨んでいた矢先、想定外の事態が発生した。
2011年3月11日14時46分18.1秒……。東北地方を中心に甚大な被害をもたらした東日本大震災である。被災地はもちろんのこと、日本全国が旅行どころではなくなった。当然、入っていた予約もすべてキャンセル。「暗雲が立ち込める」という状況を超えて、まさに先行きがまったく見えなくなった。

しかし、転んでもただでは起きないのが、碓氷社長の真骨頂である。すぐに頭を切り替えて、開業間近で白紙に戻った貸切バス事業を他のビジネスに転換させる方法を模索した。同時に、旅行業は人に「非日常」を通じて夢や希望を提供できる魅力があるものの、「有事ではなかなか成立しない」という経営基盤の脆弱性を実感。日夜を問わず悩み、次策を考え抜いた。その時のキーワードが普遍性を踏まえた「社会貢献」であり、到達した答えが後にDP号での活躍につながる「民間救急事業」であった。

「当り前ですが、バスの役割は人を安心・安全に運ぶことに他なりません。公共交通機関のバスも旅行のための貸切バスも、そこは変わらないはずです。それだけに、経営基盤を強化するためのヒントも、必ずその延長線上にあると考えました。その時にテレビを前に目にしたのが、東日本大震災の被災地の惨状でした。直感で“多くの場面でモビリティ(搬送)手段が量・質ともに足りていない”と気付きました。特に高齢者やハンディキャップを持った人たちは、非常に厳しい状況に置かれていました。それだけに、“この人たちの一助になりたい”という思いが込み上げ、搬送に携わる人間として何ができるか⁈ と考えを巡らしました。というのも旅行業とは、企画者から運営、添乗員、運転手を含めて、まさに人間性が試される世界です。そこに関わる人たちにホスピタリティがなければ、楽しいはずの旅行も一瞬にして不安や不満に転んでしまいます。そこで、“旅行業を知っているものでなければできないモビリティの世界があるはずだ”と思い立ち、書籍やインターネット、周囲の人たちを通じて情報収集を行ったところ、民間救急の存在を知り、参入を決意する運びとなりました」(前出:碓氷社長)

とはいえ、民間救急事業は素人同然。当初は福祉タクシーを柱とする事業を検討していたが、議論・検討を進めていく中で、より広範囲で社会のニーズに応えられる事業への思いが強くなり、医療・福祉両面をカバーできる民間救急を目指すことになったという。ただし、そのためには介護職員初任者(当時はホームヘルパー2級)などの資格、患者等搬送事業者の認可が必要だった。民間救急への参入に当たって準備の指揮を執った新井部長は、当時の様子を次のように回顧する。

「まずは、資格取得からスタート。社長を筆頭に従業員を合わせて6名で専門学校に通うとともに、行政が実施している患者等搬送乗務員講習を積極的に受講するなど、最低限のスキルを身に付けることに注力しました。また、思い切って看護師・介護士の採用も決断しました。人材・スキル面で遅れを取らないことが、新規参入の必要最低条件となると考えたからです。同時並行で患者等搬送事業者認定に必要な書類を作成。その一方で、民間救急用の車両を中古で購入するとともに、消防署に準じて社内の設備を検証・構築するなど、ハード面の整備を進めていきました。それなりに万全の状態で臨むことができたのは、貸切バス事業が本格化する前で、かつ東日本大震災の影響で稼働ができない “空白の2ヵ月間”があったからです。それでも当初はほとんど稼働がなく、周囲からは“消防ごっこ”と揶揄されることもありました。まさに“災い転じて福となす”となってきたのはここ数年。それがクルーズ船を契機に一気に加速することとなったのです」

新井部長

株式会社スター交通 民間救急事業部長 新井 康弘

また、クルーズ船以前にも大きなブレークスルーがあった。2014年頃に西アフリカを中心に感染拡大していたエボラ出血熱への対応に向けた県主催の搬送訓練である。民間救急事業の開始時に県と救急搬送の協定を結んでいたことから、スター交通にも受講依頼があり、その際に防護服の着脱や救急車内の消毒などの実践方法を学んだことが、クルーズ船での活動でも大きな影響を与えたという。

「エボラ出血熱は2~3日で急速に悪化し、1週間程度で死に至ることが多いとされる強烈な感染症です。それだけに講習を通じて、感染症に対する正しい認識と怖れを身に付けることができました。実はそこで培ったノウハウや知見があったからこそ、今回のクルーズ船の任務においても、実力を発揮できたと考えています。“備えあれば患いなし”とは言いますが、そこでは単に物資の側面だけではなく、知恵やノウハウ、マインドといったソフト面も重要です。そして、最も大切なのはそれらが携わる人間個々に宿っていること。緊急事態への対応は、やはり人の技術・ノウハウ・知見、そしてホスピタリティこそが不可欠だということを、改めて実感しています」(前出・碓氷社長)

一貫して「マーケットイン」を志向した事業を展開

これまで述べてきたように、スター交通における民間救急事業の特色は、常に相手側の課題や視点に立ったマーケットインのアプローチであることだ。実際に同社の取り組みを見ていくことにしよう。

同社がマーケットインのビジネスを志向・展開していることを象徴しているのが、スタッフが要請先とのコミュニケーションのための電話対応に追われている社内風景である。COVID-19禍にあってはテレビなどを通じて、忙殺される保健所の様子が映し出されていたが、まさにその光景さながらである。電話の向こうは保健所などの行政機関、搬送先の医療機関、患者・感染者などさまざまだが、「ここで十分なコミュニケーションを図り、情報収集しておくことが、搬送時のホスピタリティに活かされる」と新井部長は語る。
また、的確な情報把握は、車両の配車状況との連携を踏まえた迅速化・効率化にもつながる。苦痛と不安にさいなまれている患者は、1分1秒でも早く医療機関への到着を願っている。それに応えるためにも配車手配はもとより、道路状況を踏まえた経路の選択・指示など、内勤スタッフはまさに司令塔としての役割を担っている。

社内風景

電話対応と情報収集に追われる内勤スタッフ

社内に蓄積された顧客の状況やニーズに関する情報は、当然のことながら、次の施策・事業展開へと反映される。そのため同社では、組織横断の社内ミーティングを実施して、積極的な情報共有に努めている。成功事例を糧にサービスの向上を図るとともに、失敗事例についても皆で考え、意見を出し合うことでリスク回避や改善に役立てている。さらには、救命救急学の元大学教授や東京消防庁OBなど、外部の専門家とも定期的なコミュニケーションを図り、技術指導を受けている。メーカーが顧客の声に耳を傾けながら製品の改良や新製品開発に取り組んでいるように、同社はサービスの質的向上や新サービスの創出に反映させているのである。

上記の情報共有や教育・研修は、「サービスの手段」を多様化・高度化させるべく、車両の充実にも反映されている。
まず、民間救急車両であるが、現在、同社は救急車5台と車椅子対応車両3台を所有している。救急車両については消防救急車両と同タイプの高規格車両(トヨタ・ハイメディック)の4WDがベース。当初は他の民間救急と同じように、コストの観点から中古車を購入していたが、2021年には新車2台の購入に踏み切った。新車救急車両は社内資機材を含めて約2,000万円という大きな投資となったが、「故障リスクを最大限に回避し、サービスの安定稼働につなげたい」という判断から英断に踏み切ったという。
なお、救急車両にはストレッチャーをはじめ、免震装置、電動式吸引器、AED(自動体外式除細動器)、アンビューバッグ、生体情報モニター、医療用酸素、ワンセグ用モニター、医療用酸素0.3㎡(2L/1本)などが搭載されている。同時に、これらの装備がフル活用されるべき状況を想定して、重篤な患者を搬送する際には、医師・看護師を同乗させる体制も整えつつあるという。

救急車両

救急車両の内部

救急車両

スター交通が所有する救急車両

救急車両における感染症対策

救急車両における感染症対策

一方、クルーズ船で大活躍したバス車両も、大きな進化を遂げている。写真はBリーグに所属するプロバスケットボールチーム「群馬クレインサンダーズ」の専用移動車両として同社が開発したバスだが、実はここには乗車時の手指消毒、検温からプラズマイオン発生機、各席の飛沫防止策など、クルーズ船で培った経験・知見に基づいたさまざまな創意工夫が満載されてる。
驚くべきは、車椅子スロープまでが実装されていることだ。バスケットボール選手が怪我をした際の対応……。もちろん、そのような用途も考えられなくはないが、碓氷社長の頭の中には次の構想への布石があった。アフターCOVID-19、ウィズCOVID-19の時代を迎えるに当たっての「旅行」に着想したアイディアを、このバスを開発するに当たって具現化してみようと考えたのだ。まさにシナジー効果である。

「クルーズ船の経験から、バスにおける感染対策は“日本一”を自負しています。確かに医療搬送用バスと、レジャー性の高い観光バスは対極的な位置付けにありますが、“安心・安全・であることと、誰もが利用できる“インクルージョンな世界”が求められていることには変わりはありません。その意味で、このバスには我々が“いまできること”、“いま求められていること”が凝縮されています。それは最大公約数なのかもしれませんが、民間救急事業を通じて掴んだ経験を、この先、皆様が楽しみにしている旅行を不安なく、快適に楽しんでいただく術として、提供していきたいと考えたのです」(前出:碓氷社長)

アフターCOVID-19の旅行を示唆する

アフターCOVID-19の旅行を示唆する

 洗練されたイメージのバス車内 これなら旅行も快適そうだ

洗練されたイメージのバス車内
これなら旅行も快適そうだ

スター交通のチャレンジはまだまだ続く。6月4日に高崎市のGメッセ群馬で催された記者発表会では、日本初となる「移動式移動式PCR検査バス」を発表した。検体採取会場と衛生検査所認可を取得したPCR検査室を含めて、PCR検査に必要な設備をすべて備えた車両の誕生である。
COVID-19禍において日々感染症輸送に従事していた同社は、その経験からPCR検査の結果の迅速さの必要性を実感。「必要とするところへ出向けたら……」との思いから、大型バスの改装を踏まえたオンデマンド型のPCR検査サービスを考案。群馬パース大学で遺伝子検査学を研究する長田 誠教授、システム構築サービスを提供する株式会社nullとの共同開発で実現した。従来、固定の住所がある場所でしか認められていなかった衛生検査所が、感染者拡大に伴い、2022年2月に移動式が許可されたことも追い風となった。バスタイプの衛生検査所は日本第1号になるという。

この「移動式移動式PCR検査バス」の最大のポイントは、これまで数日を要していた検査結果を、「最短3時間〜当日中」で報告・連絡できることだ。これは最新のPCR検査機器の導入に加えて、IoT機器を使ったクラウド保安システムでモニタリングし、検査業務を記録・管理する専用の業務システムとの連動を図るなど、徹底した一元管理を追求した結果によるものだ。当日報告を原則とすることで、不要な自粛活動からの早期解放を目指している。
バス車内には、技術研修を合格した臨床検査技師、感染対策の教育研修を受講した搬送スタッフが常駐。大型バスの駐車スペースさえ確保できれば、市街地から離れた山間部や、高齢者の多い限界集落など、最寄り検査機関がない場所でも迅速に検査場を開設できるようになる。また、クラスター対応など、緊急の発生事案に対しても、有効性を発揮する。
なお、「移動式移動式PCR検査バス」の申込受付は、下記URLから行うことができる。
https://pcr.delivery/

バス内で適温保存されているPCR検査試薬

バス内で適温保存されているPCR検査試薬

スター交通が共同開発し、運行サービスを始めた 「移動式移動式PCR検査バス」

スター交通が共同開発し、運行サービスを始めた
「移動式移動式PCR検査バス」

次に注目していただきたいのが、先の写真にある碓氷社長と新井部長が纏っているユニフォームだ。まるで外国映画に登場するレスキュー隊かの如くソフィスティケートされたデザインだが、実は搬送に向かう際に身を引き締める効果をねらったという。

「“自分たちは民間救急の一員である”ということを、身を持って実感し、活動するためには心の準備こそが大切です。ユニフォームに着替えることを通じて、その意識を高めたいと考え、デザインには十分に配慮しました。実際にスタッフたちには、仕事に対する誇りのようなものが芽生えてきています」(前出:碓氷社長)

ユニフォーム姿で会社から出動するスタッフ

ユニフォーム姿で会社から出動するスタッフ

衛生管理体制にも万全を期している。手指消毒の徹底はもちろんのこと、エントランスには靴を消毒する装置なども配備されている。「感染者搬送」の頻度が高まる中では、当然の措置ではあるものの、その力の入れ具合は半端ではない。
そのことを象徴しているのが、一見、公衆電話ボックスのような形をした最新機器「自動全身除去装置」の導入である。除菌効果と人体への安全性を考慮した特殊な除菌液を微細ミスト浴びることで、短時間で多人数の全身消毒を可能とする。COVID-19はもちろんのこと、インフルエンザERPや花粉症対策としても有用性を発揮するという。

社内に設置されている「自動全身除去装置」

社内に設置されている「自動全身除去装置」

「感染者搬送は、従業員にとってもリスクがある仕事です。もちろん、感染者搬送に携わるスタッフにはディスポーザブルの防護服と医療用マスクを装着することを義務付けていますし、感染者搬送用の車両にもさまざまな感染リスク低減策を講じています。それでも、万全に万全を重ねることが重要です。万が一、搬送スタッフがウイルスを社内に持ち込んでしまい、誰か1人でも感染してしまったら、それは社内だけの問題ではなくなります。それが原因となって、家族や街に拡がる可能性を否定できないからです。ビジネスの継続性を担保することと、従業員の健康を守ることは、まさしく表裏一体の関係にあり、経営者としてそこを守り続けていかなくてはならないと考えています」(前出・碓氷社長)

まとめ:民間救急の「未来」を考える

下記の表は、消防庁 救急企画室が行った「患者等搬送事業者の調査結果」である。これによると、全国の患者等搬送事業者の数は2021年3月現在で、1,447事業者。前回(2020年4月)発表された調査では1,384事業者であったことから、微増ではあるが増加傾向にある。当然、この中にはCOVID-19禍の影響をもろに受けた「一般乗用旅客自動車運送業(タクシー会社など)」、「一般旅客自動車運送事業(バス会社)」などからの新規参入が含まれていることは間違いない。しかし、碓氷社長は熱く語る。

「全国にある民間救急事業者は99%といってもいいほど、資本力に乏しい中小・零細事業者です。COVID-19や超高齢化社会の到来に伴い、民間救急に対する社会的ニーズは、間違いなく高まりを見せています。今後も、消防救急の代替・補完を担う存在として、さらに重要性を増していくでしょう。と同時に、そのニーズがさらに多様化・複雑化していくことも確かです。医療の領域のみならず、福祉を包含した対応が求められていくに違いありません。その中で小規模の事業者がそれらのニーズに柔軟かつ的確に応えていくためには、自助努力が最も大切ではあるものの、それだけでは十分ではないはずです。厚生労働省の構想である「地域包括ケアシステム」の一翼を担っていく存在となるためには、やはり公的支援も必要です。本当の意味での産業へと発展させるためには、事業者側の経済的リスクを少しでも軽減する施策も必要ではないかと考えます。そうなれば、新たな分野からの参入をも促し、切磋琢磨しながら、さらなるアイディアが生まれ、これまでの延長線上になかったサービスやイノベーションの創出につながっていくはずです。近い将来、そういう時代が来ることを切に願っています。全国で頑張っている民間救急似た座触る人たちも、同じ気持ちでいるのではないかと思います」(前出:碓氷社長)

スター交通では「未来のポジショニング」として、消防救急の補完事業をさらに高めるとともに、「地域包括ケア」の観点から、高齢者在住エリアの見守りサービス、健康管理・支援サービスの提供を視野に入れている。また、災害時などにおいては、消防・自衛隊の後方支援の役割を担うべく、自治体などと「災害時協定」を結ぶことも思案中だという。
いずれにしても、スター交通の取り組みは、現在、ビジネス界を震撼させている「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と同じマイルストーンを示している。「DX」の本質が単にビジネスを「デジタルシフト」させるだけではなく、既存のビジネスを破壊的にイノベートして、時代・未来にマッチした新たなビジネスモデルを創出する「変革」そのものであるように、同社もまた、「変革」をし続けているからだ。それは、「ビジネストランスフォーケーション」といっても過言ではないはずだ。
碓氷社長は、「今後はデジタル技術との融合も重要なカギを握る」というが、今後のスター交通の進化と深化から、目が離せない。

患者等搬送事業者認定状況(2021年4月1日現在)

患者等搬送事業者認定状況(2021年4月1日現在)

 

(注)
※1 ストレッチャー及び車椅子等を固定できる自動車のみによる患者等搬送事業を実施している事業所数(車椅子のみを固定できる自動車を有していない)
※2 車椅子のみを固定できる自動車のみによる患者等搬送事業を実施している事業所数(ストレッチャー及び車椅子等を固定できる自動車を有していない)
※3 ストレッチャー及び車椅子等を固定できる自動車、車椅子のみを固定できる自動車のいずれをも有して、患者等搬送事業を実施している事業所数
※4 令和2年4月1日から令和3年3月31日までの搬送状況
※5 医療機関から医療機関までの搬送(医療従事者の同乗の有無は問わず)