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COVID-19禍でニーズが高まる感染者対応搬送車
自動車メーカー各社が開発・提供する中で、
特殊用途車両の製造会社が業界で初めて「標準仕様」を策定
=自治体・医療機関・民間搬送事業者の視点から、
その試作車を検証する=

COVID-19の感染が拡大し、いまなお高止まりの状態が続いている。その中にあって、無症状や軽症と診断された自宅療養者や宿泊療養者の様態が急変し、死亡が相次いでいることが、日々の報道で伝えられている。
その中にあって、感染者の搬送・移送においても、さまざまな課題が浮き彫りになっている。多くの場合、感染者の搬送を担うのは救急車であったが、総務省消防庁は厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策推進本部との協議の上、「新型コロナウイルス感染症に係る消防機関における対応について」を発出。「傷病者を搬送後、当該傷病者が新型コロナウイルス感染症の患者と判明した場合には、保健所等から助言を得ながら、対応に当たった救急隊員の健康管理及び救急車の消毒等を徹底すること」を義務付けている。つまり、消毒を完了していない救急車は出動できないのである。その結果、民間救急車の出動が急増し、かつ救急車の消毒などを行っている業界団体への依頼が相次いでいる。
そこで求められているのが、感染者を迅速に、かつ搬送・移送を担当する隊員・運転手の安全を担保する仕組みと方法である。その第1歩を踏み出すべく、特種用途車両及び機器の設計・製造・販売を手掛ける株式会社エスティサポート(埼玉県東松山市下野本1499-1 代表取締役社長:笹川 修一)が、感染者の搬送・移送に特化した車両の標準仕様を策定し、試作車を発表した。ここでは、その根底に流れる感染者搬送の課題と背景を踏まえて、標準仕様の詳細と意義について探っていく。

逼迫する感染者の救急搬送
民間救急車の活躍に依存する事態に

2021年1月26日現在、東京都の自宅・宿泊療養者は8,310人(自宅療養:7,510人 宿泊療養800人)にのぼる。また、COVID-19感染判明後に、入院や宿泊療養などの振り分けが「調整中」となっている人が、緊急事態宣言が出ている11都府県で、少なくとも15,058(1月19日時点)にのぼることも報道されている。
その要因としては、病床が逼迫し、いわゆる医療崩壊に近い状況が生まれているからであるが、その仲介役を担う保健所の業務もキャパシティーを超えており、感染者や感染の不安を覚える人に対して、十分なケアができなくなっている。入院を希望しても、保健所から「受け入れられる病院が見つからない」と言われ、症状が悪化しても救急車の要請を躊躇うケースも少なくなく、それが重症化・重篤化、そして死亡へとつながるケースもあるという。

その救急車の出動も、大きな問題を抱えている。COVID-19の影響により外出を控える人が増え、事故やけがが減少したことなどを背景に出動回数自体は減少傾向にあるものの、発熱状況の聞き取りや感染防止のための救急隊員の装着などに時間を要し、現場や病院までの到着時間は逆に伸びているという。当然ながら、病床が逼迫する中では受け入れ先が容易に見つからず、医療機関への到着に時間を要していることも指摘されている。
同時にCOVID-19禍にあっては、感染者を搬送した救急車は、消毒を済ませなければ出動できないことが義務付けられている。これも救急車の稼働率を低下させる一因となっていると考えられる。
実は「救急車が足りなくなる」ということは、COVID-19第1波の時点で、潜在的に想定されていた。2020年4月14日、消防庁救急企画室は各都道府県消防防災主管部宛てに「新型コロナウイルス感染症患者等の転院等にかかる搬送の対応について(依頼)」を通達し、その中で「地域の実情や搬送される患者の状態に応じて、保健所の所有する車両、消防機関の救急車、民間救急車、病院救急車、ドクターカーを活用する」としている。それが、第1波・第2波のピークをはるかに上回る第3波において顕在化してきたというわけである。
消防の救急車の出動にボトルネックが生じた現在、緊急搬送車の方法は、確実に多様化してきている。なかでも、注目すべきは民間救急車の出動だ。保健所の負荷が高まり、人手不足が深刻化している中で、自治体からの民間救急の問い合わせは第3波が兆しを見せた昨年の10月終盤頃から増加の一途をたどっている。

しかしながら、第3波がピークへと向かう中では、それでも追いつかず、民間救急搬送事業者が断らざるを得ない状況も生まれているという。民間による救急搬送事業は、正式には「患者等搬送事業」と呼ばれ、緊急性が低い介助を必要とする患者の医療機関への入退院や通院などを、民間業者が専用車で送迎するサービスである。COVID-19禍にあっては、主に無症状者や軽症者を療養先のホテルや病院へ、PCR検査のために濃厚接触者を病院や検査機関へ搬送するという役割を担っている。依頼は保健所から8~9割を占め、1件当たりの費用は約10万円。それでも、個人や企業からも依頼があるという。
東京消防庁によると、東京都内では2020年11月30日時点で269事業者が登録されているが、COVID-19感染者の搬送は従業員の安全を担保するために感染症対策などのノウハウが必要で、従業員のリスク回避、固定客に敬遠される危惧などを理由に、COVID-19感染者の搬送を実施している企業は2割程度にとどまっている。

一方、感染者搬送の需要が高まる中で、救急搬送事業に新規参入する事例も生まれている。例えば、横浜市では搬送体制の強化を目的に、神奈川県タクシー協会横浜支部に特殊車両の運行管理を依頼。タクシー会社2社が、運転席と後部の患者搭乗席を仕切った特殊車両を用意し、運転手固定で運行をスタートさせている。また、タクシー会社が横浜市に専用車両5台を貸与し、実際の運行管理を請け負うというスタイルのリレーションもあるという。横浜市はCOVID-19感染者が続出したクルーズ船・ダイヤモンド・プリンセス号の苦い経験もあるため、このような柔軟な方法に辿り着いたのかもしれない。同時にCOVID-19禍において極めて厳しい経営状況にあるタクシー会社にとっても、1つの光明を見出すことにつながるはずだ。
しかしながら、厚生労働省や消防庁が発した通達の通り、感染者の搬送にはリスクがあり、極めて厳格なルールや施策が不可欠であることも確かである。そして、それをクリアするためには、感染防止ノウハウを詰め込んだ特殊な車両が不可欠になる。その意味で今回、感染者対応搬送車の標準仕様とその試作車が示された意義は大きいはずだ。

自動車メーカーの動向と実体
自治体・保健所の現場に寄り添うためには

感染者対応の搬送車については、自動車メーカー各社の動向も見逃せない。HONDAがODYSSEY/STEP WGNなど、トヨタがJPN TAXIなど、日産がNV350キャラバンなど、マツダがMAZDA CX-8などをベースに、運転席と後部座席に仕切りを設置した感染者対応搬送車両を開発し、自治体などへの提供をスタートさせている。いずれも自治体や保健所などへのヒヤリングを踏まえたもので、運転席となる前席空間と患者が座る後席空間に圧力差を生じさせて飛沫感染を抑制するなど、各社独自の工夫も施されている。
このように、自動車メーカー各社がCOVID-19禍に対応した支援を講じていることは、まさに歓迎すべきことである。国内のみならず、世界で最も多くの感染者を出しているアメリカに感染者対応搬送車を提供しているメーカーもある。

では、自治体や医療機関が必要と感じた際に、感染者対応搬送車を容易に導入することができるかというと、現実はそうではないようだ。というのも、現状においては各自動車メーカーが、「社会貢献の一環」として取り組んでいるからである。そのため、多くの場合、提供方法が「貸与」であり、当然ながら提供できる台数は限られてしまう。それでも自治体からの要請は後を絶たず、自動車メーカーの中には社用車や販売店の在庫車をかき集めて対応しているケースもあるというが、「必要なところに必要な台数を」という状況には至っていない。

また、当然ながら、各社の仕様も一様ではない。例えば、運転席側と後部座席側の隔壁では、鉄・アルミ・FRPやアクリル板など複数の素材が使われている。また、換気装置に関する仕様もさまざまである。ちなみに、民間事業者の搬送車の中には、運転席側と後部座席側の隔壁がビニールシートで覆われているだけの応急処置を施した車両もあるという。
こうした中で、ただでもキャパシティーオーバーしている自治体や保健所医療機関の負荷を軽減させていくためには、現場ニーズに即した感染者対応搬送車が数多くの現場で運用されることが望ましい。感染者や濃厚接触者の搬送・移送の手配業務が効率化され、軽減されれば、保健所はその分のリソースを追跡調査や患者のケアに振り向けることができる。また、濃厚接触者がPCR検査などを受けに行く際のリスクも担保できるようになり、PCR検査の活性化と市中感染の防止につながることが期待できる。さらに搬送・移送手段が確立すれば、現在、多くのCOVID-19患者を受け入れ、病床が逼迫している公立病院・公的病院(公立病院:71% 公的病院:83%)から、回復時に民間病院に転院させていくというプランも、現実味を帯びてくる。
当然、そのためには、感染者対応搬送車が安心・安全に運用できる仕様を兼ね備え、かつコスト・納期を含めて「導入しやすい」ことが条件となる。この大きな命題に臨み、感染者対応搬送車の標準仕様を作成し、その試作車を開発した株式会社エスティサポートの笹川 修一社長は、その意図を次のように説明する。

株式会社エスティサポート 笹川 修一社長

株式会社エスティサポート 笹川 修一社長

「第1波から始まったさまざまな状況を鑑みて、感染者の搬送に特化した車両が必要であり、感染拡大に伴い、必然になると考えていました。そこで、民間搬送や自動車メーカーの動向を調べていたところ、自動車販売会社経由である自治体の保健所から感染者対応搬送車の設計・開発に関する提案依頼が舞い込んできました。そのRFP(提案依頼書)はかなり綿密かつ詳細なもので、それを吟味していく過程で現場の課題や苦労を実感することができました。そこで、まずはRFPに示されていた仕様を満足させることを目標に設計に着手しつつ、その具現化の方法を試行錯誤していくために試作車の開発に取り掛かりました。その中で考えたことは、これを可能な限り安価に製作することができたならば、より多くの現場に届けられるということです。そこで、これを機に、低コスト化・短納期を実現するために、標準仕様を策定しようと決意しました。実際には、地域特性などによって、求められる要素は異なるかもしれません。しかし、そこはオプションで対応できるよう、完成度を高めていく次第です」

試作車に盛り込まれた「標準仕様」とは⁈
隔壁はもとより、車椅子用リフト、換気扇、電源なども装備

株式会社エスティサポートが開発した試作車をベースに、実際の標準仕様を確認していく。なお、同社では従来から医療向けのコンパクト救急車やドクターカー、福祉向けの車椅子移動車を開発・提供してきており、ここでもその知見と技術・ノウハウがいかんなく発揮されている。

車種

車種としてはトヨタの5ナンバーサイズのミニバンシリーズであるヴォクシー、ノア、エスクァイアを選定した。エンジンを含めて共通プラットフォームの兄弟車で、それぞれ2.0Lのガソリン仕様と、1.8L ハイブリッド仕様の2種類、かつ4WDをラインナップしている。また、3車種すべてがミニバン販売台数ランキングのトップ10に入るベストセラーとなっていることなども選定理由となったという。
「5ナンバーシリーズを選んだのは車体価格に配慮するとともに、可能な限り運転技術に依存せずに安全走行できることを念頭に置いたためです。また、低コスト・短納期を実現するには、運転席と後部座席の隔壁作成など、作業工程を効率化・簡便化することが必要となります。その意味で、同じ型を使用できる共通プラットフォームの車種が揃っていることは、重要な要件になると考えました。同時にいずれも人気車種だけに生産台数も多く、入手しやすいこともポイントとなりました。場合によっては、中古車市場にもいい車がたくさんあるはずので、そこで対応していけば、枯渇することがないであろうというわけです。いずれにしても、COVID-19における搬送の課題に対応していくためには、何よりもスピード感が求められます。標準仕様を策定することによって、より低コスト・短納期で導入でき、実運用に移せることを可能にしたいというのが、最大の目標です」(前出・笹川社長)

完成した感染者対応搬送車の試作車

完成した感染者対応搬送車の試作車

車体艤装

車体艤装に関する仕様は、室内設備となる①座席、②窓、③隔壁、④空調装置、⑤床面、⑥室内灯、⑦換気装置、⑧インターフォン、⑨点滴フック固定器具、⑩カーナビゲーションシステム、⑪バックミラー、⑫電源設備と、室外設備となる⑬カーバッテリー、⑭ドア、⑮バックモニター、⑯ストップランプ、⑰サイドミラーなどから構成されている。
この中には車両に標準装備されているものもあれば、前席と後席の空調分離など、メーカーオプションとして実装できるものも少なくない。そのことも、低価格・短納期の実現には欠かせないが、特に感染者対応搬送車に不可欠な装備として苦心したのは、①座席、③隔壁、⑤床面、⑦換気装置、⑧インターフォン、⑫電源設備である。これらの詳細を見ていくことにする。

座席:車椅子で乗り降りできる福祉車両としての機能を実装

まず運転席(前席)だが、感染者対応搬送車においては患者用の後部座席との間に飛沫感染などを防止するための「隔壁」が必要となる。そのため、運転席のリクライニングならびにスライドに制限が生じる。そこで標準仕様の策定に当たっては、日本人男性の平均体型(身長171.4cm、ウェストサイズは82.9cm)を念頭に置いて、許容範囲ぎりぎりまでずらすことができるようにした。これは民間の救急搬送車において、行政区間をまたがって30km以上の距離を走行するケースが相次いでいるという実例から、運転手の負荷に最大限の配慮を行う必要があるという判断に基づいている。
一方、患者が乗り込む後部座席は、いわゆる福祉車両(介護車両)としての条件を満たしている。運転席の後部は2人掛けの椅子席となっているが、さらにその後ろは車椅子のまま乗り降りできるスロープとテールゲートリフターが実装されている。COVID-19の感染状況を鑑みると、特に第3波においては高齢者の感染が増えており、高齢者施設や障害者支援施設における感染拡大やクラスターの発生も確認されている。同時に1人暮らしや高齢の夫婦のみの世帯が急速に増加している状況を考えると、感染者対応搬送車が福祉車両としての機能を装備している意義は大きいといえる。

車椅子のまま容易に乗降

車椅子のまま容易に乗降

隔壁:飛沫感染などのリスクを回避する完全密閉

感染者対応搬送車においては、運転手や救護者の感染防止を目的に、「隔壁」を設けることが必然となっている。これについても、各自動車メーカーや民間搬送事業者もそれぞれ創意工夫を施してきた。しかしながら、その方法はまちまちで、なかにはビニールシートやフェイスシールドに用いる素材を取り付けるだけのものもある。
試作車では、後部座席からの空気が運転席側に流れ込むことを遮断するために、精密に寸法を測った上で型取りし、鉄板で隙間なく密閉する方法を採用している。

鉄板を用いることで密閉度合いを向上

鉄板を用いることで密閉度合いを向上

同時に隔壁において不可欠な仕様が、搬送者と患者がお互いに確認し合える「窓」である。運転席側からは患者の様子や変化を見守ることが不可欠だし、後部座席の患者としては運転席が見えることで少しでも不安を和らげることができるからだ。試作車では透明なアクリルを用いて、最大限の視界を実現しつつ、密閉性を追求した。
なお、試作車では搬送される人のプライバシーにも配慮。個人が特定できないプライバシーガラスを標準とするのはもとより、隔壁間の確認窓にも必要に応じてカーテンを閉められるような工夫も施されている。

運転席側と後部座席の視界を広くクリアに

運転席側と後部座席の視界を広くクリアに

 

床面:ロンリウム加工で除菌・消毒・清掃の容易性を追求

自動車の床面はインテリア性を演出するために、ほとんどの車種でフロアカーペットが用いられている。試作車に採用したヴォクシーも同様である。
しかしながら、感染者対応搬送車においては、患者搬送後の除菌・消毒や清掃の容易性が求められる。そこで試作車では、床面を柔軟性・弾力性と耐久性を併せ持ち、医療・福祉施設などでノロウイルス対策,インフルエンザ対策に用いられているロンリウム加工を施すこととした。
しかし、実はこれが想像以上に苦労を強いられたという。カーペット上にロンリウムを敷くだけでは不安定。また、既装されているカーペットをきれいに剥がすのも難しく、床面に凹凸が生じてしまう。そこで悩みぬいた末、床面に型取りした板をはめ込み、その上からロンリウム加工する方法に辿り着いた。これにより、見栄えと安定性、防水性と消毒容易性といったさまざまな課題を克服できたという。もちろん、運転席には走行の安全性を担保するために、ゴム製のフロアマットが取り付けられている。
なお、床面の素材はまだまだ一考の余地があり、今後は新素材のシートをはじめ、高級家具やホテルなどで使用されている撥水加工などの検証も行っていくという。

ロンリウム加工された床面

ロンリウム加工された床面

換気装置:飛沫核感染に配慮した換気装置で陰圧状態も

COVID-19における主な感染経路は接触感染と飛沫感染であるが、WHO(世界保健機関)は2020年7月9日に取りまとめたガイドラインの中で、「空気感染の可能性を無視できない」と指摘している。くしゃみ、咳、つばといった飛沫とともに放出されたウイルスによる飛沫感染に対して、空気感染は飛沫の水分が蒸発し、ウイルスだけが微細な粒子として空気中に漂う状態、すなわち飛沫核(エアロゾル)を吸い込むことによる感染を指す。このエアロゾルは直径5㎛以下のものと定義されており、乾燥して水分を含んでおらず粒子も小さいため、浮遊しやすくなり、数10メートル浮遊するとともに、3時間程度は感染性を有して空気中を浮遊し続けることが報告されている。これについて厚生労働省は、結核菌や麻疹ウイルスで認められている、いわゆる「空気感染」は起きていないとするものの、「マイクロ飛沫感染」という言葉を使い、「換気の悪い密閉空間では、5μm未満の粒子がしばらくの間、空気中を漂い、少し離れた距離にまで感染が広がる可能性」を指摘している。

COVID-19の感染経路:厚生労働省資料より

COVID-19の感染経路:厚生労働省資料より

 

そこで指摘されているのが、「換気」の重要性だが、試作車ではこの空気感染(マイクロ飛沫感染)のリスクにも配慮して、交換可能なペーパーフィルター付きの換気装置を実装した。隔壁などによって車内の飛沫感染・空気感染はほぼ制御できているものの、感染者対応搬送車の稼働向上を考えた場合、接触面の除菌・消毒のみならず、空気中に残存するかもしれないエアロゾルを可能な限り除去しておくことも必要であると考えたからだ。
具体的には、車体後部座席の天井に穴をあけ、キャンピングカーにおいて普及している換気扇を採用して取り付けた。これにより、スペック上は充分な換気が可能になり、フィルター付きとすることで、排出される空気に対する配慮も施されている。
同時に換気装置は、隔壁で隔てられた車内前席と後席に圧力差を生じさせるため、後席を陰圧状態にすることにもつながる。陽圧・陰圧のコントロールには、他にも方法があるものの、自動車の構造上、充分なコストパフォーマンスが得られないことが想定される。そのため、今回の標準仕様では換気装置による効果にとどめ、要望に応じてオプションとして提案・提供していくことにしたという。

車内から見た換気扇

車内から見た換気扇

天井の突起部分が換気口

天井の突起部分が換気口

インターフォン:搬送者と患者の疎通をサポート

隔壁における「確認窓」が患者の様子を見極める役割を果たすならば、その変化に応じてコミュニケーションをとる手段が必要になる。そこで試作車では運転席と後部座席との双方向コミュニケーションを円滑化するためにインターフォンを設置した。音と光で運転席側に気付きを与えるもので、ボタン1つで通話ができるなど、患者側の操作性に配慮。また、運転手の走行にも負荷を与えないものを採用した。

電源設備:患者の“命”を救うための装置にも対応

感染者対応搬送車においては患者の“命”を救うことが大前提である。容態の急変への対応はもちろんのこと、移送においては医師が同乗することも想定される。そこで、AED(自動体外式除細動器)の充電や心電図をはじめとする医療機器・検査機器を搭載可能とするため、AC100V用コンセント(300W)を社内の使用しやすい場所に2か所設置。また、外部電源を取り込むための装置を実装するとともに、必要に応じて迅速に対応できるよう5mの外部電源用コードを標準装備することとした。

同社では、今回の試作車開発を踏まえて、感染者対応搬送車の「標準仕様」を策定したが、その中で車椅子搬送用のスロープとテールゲートリフターは、用途に応じてのオプションとした。あくまでも、低コスト・短納期のニーズを追求していくためだ。
その結果として、標準仕様としての製造コストを80万円代に抑えたいとしている。車体料金を含めると、新車・中古車、車両のタイプやグレード(2WD/4WD、ガソリン車/ハイブリッド車、7人乗り/8人乗りなど)によっても異なるが、1台当たり200万円代~300万円代を想定しているという。現状の生産体制は「月産10台が限界」だというが、必要に応じて協力会社への指導体制などを確立し、増産体制を築いていくことも視野に入れている。
また、より現場の要望に即した車両を提供していくために、多彩なオプションも用意していく意向だ。具体的には現在、車両の除菌・消毒を簡便化し、かつ精度を上げるための商材、車内の加湿・除菌を行う装置などを模索・検討している。この他にも、業種・業態を超えて、多様な提案を求めていきたいとしている。

感染者搬送車を1つのきっかけに、
“備えあれば憂いなし”の医療体制へ

ここまで感染者対応搬送車に関する考察ならびに、その標準仕様に関する検証を行ってきたが、その目的はあくまでも搬送に従事する人たちの安心と安全、そして感染者の苦痛や不安を和らげるとともに、その“命”を救う術を共有したいという思いからである。そこで、改めて感染者搬送車の出動が想定される場面を整理してみたいと思う。

■感染が疑われる人や濃厚接触者を、PCR検査を実施する医療機関へ搬送
■PCR検査などで「陽性」と判定された人を、症状に応じて自宅・宿泊療養施設・医療機関などへ搬送
■高齢者施設など、施設でクラスターが発生した際の搬送最適化
■感染により入院し、高度医療を受けていた重度・中等症患者が回復した際の民間医療機関などへの移送

ケース・バイ・ケースではあると思われるが、感染者搬送車の役割が行政における救急業務の補完的な役割を担うと定義するならば、上記4点に絞られるはずだ。これらが円滑化されれば、疲弊している保健所の業務は確実に軽減されるであろう。また、感染者搬送の方法が多様化し、出動能力が向上すれば、現在、至上命題となっている公共・公的・民間といった医療機関の役割分担の推進にもつながる。さらには、イレギュラー対応になるため態勢整備が必要になるが、自宅・宿泊療養者の症状が悪化・急変した際に、本来、出動すべき救急車が稼働できないケースでの最終手段への道も残されている。これらによって、医療崩壊と言われている現状から脱却し、COVID-19感染以外の疾病・怪我などによる患者を含めて、より多くの苦痛や命を救う道標となることを期待したい。

なお、2005年5月にWHO(世界保健機関)が改訂した「世界インフルエンザ事前対策計画」を受けて、厚生労働省は「インフルエンザに代表されるような感染症は、10年から40年の周期で大規模流行の傾向にある」と提言している。実際に2002年に感染拡大したSARS(重症急性呼吸器症候群)、2009年に世界的流行となった豚由来の新型インフルエンザ、2012年のMERS(中東呼吸器症候群)にはまだ記憶に新しい。そして2020年からCOVID-19がパンデミックとなったわけであるが、特にグローバル経済を前提に国境を超えた人の流れが必然となった現代においては、常に新たな感染症の流行に対して、リスクヘッジしていくことが求められている。それだけに、「有事」を想定した対応の一環としても、感染者搬送車を位置付けることもできるはずである。

同時に感染者搬送車は、「平時」であってもさまざまなバリエーションでの活用があるようにも思える。例えば、医療・福祉・住まい、そして生活支援・介護予防の連携を踏まえた「地域包括ケアシステム」。ここでは、ヒト・モノ・カネ・情報の連携のみならず、そこに「搬送」という機能が付加されれば、その仕組みは格段に機能性を増していくに違いないからだ。COVID-19禍を契機に、国や自治体をはじめとする行政機関はもとより、医療機関、福祉施設、民間、市民を含めて、ともに感染者(患者)搬送の「あるべき姿」を考えるとともに、“備えあれば憂いなし”の発想に基づく「誰にも優しい医療・福祉」の創造に舵を取る時が来ているように思う。

ジャーナリスト 奥平 等

【株式会社エスティサポートについて】
自動車メーカーにて特殊車両の研究・開発に携わってきた笹川 修一氏(同社代表取締役社長)が、30年に及ぶ実績と経験をもとに、身障者用自動車のコンサルタント事業、特種用途車両の設計開発・製造及び自動車事故の調査、工学鑑定を主業務に2008 年4 月に設立。医療・福祉分野における特殊車両の開発にも注力し、2011 年3 月に日本医科大学多摩永山病院と軽自動車による「ドクターカー」を開発。その直後に発生した東日本大震災では、同車両が気仙沼に緊急出動し、その機能性と運用の効果が立証される。同年秋、GEヘルスケア・ジャパン株式会社の依頼により、小型ドクターカー11台を製作し、東北4県に供給。また、軽自動車ドクターカーのノウハウを活かし、医療・介護分野を包括的にカバーする専用巡回車「ヘルスケアビークル」、福祉用車椅子移動車「リフティ」を開発。感染者搬送車は、自治体・保健所からの依頼を受けて開発・製造。それを精査・吟味しながら、「標準仕様」を策定した。

【一般社団法人医療・福祉モビリティ協会より】
本記事における感染者搬送車の「標準仕様」は、自治体・保健所の要望ならびに独自の情報収集を踏まえたものです。この他にも、現場の課題や要望は他にも多々あることが想定されます。本協会では、この「標準仕様」をブラッシュアップしていくとともに、出動稼働を向上させるための除菌・消毒の効率化など、オプションとして提供できる製品・サービス・ソリューションを付加させていきたいと考えております。
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