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福祉施設において「送迎」は、最も重要なファクターの1つ
決して、物理的な移動であってはならない!!

=ユニークな運営で注目される生活介護事業所「らっこかん」=
利用者にとって、施設のサービスとプログラムを有益なものとするためには、
その入口と出口なる「送迎」を、より豊かにする必要がある

生活介護事業所「らっこかん」

笑顔が絶えない生活介護事業所「らっこかん」

東京都足立区のほぼ中央に位置する梅田。2019年12月、下町風情が色濃く残るこの街に、確固たる信念のもとにオリジナリティ溢れる運営を行う「生活介護事業所」が誕生した。その名も「らっこかん」……。そのユニークな運営が利用者や保護者、そして福祉の在り方を真摯に考える人たちから支持され、2021年2月1日には早くも2号館のオープンに漕ぎ着けている。
「生活介護事業所」とは言葉の通り、常時介護を必要とする障害者を対象に、通所することによって「生活」に関わるあらゆることを支援することを目的としている。いうなれば、最も重度な人たちの介護・支援サービスを提供する。それだけにカバーする領域は広く、入浴や排泄、食事などの介護、調理・洗濯・掃除などの家事、生活などに関する相談・助言、創作的活動や生産活動の機会の提供など多岐に亘る。
その中にあって「らっこかん」では「達成感・幸せ感・ハッピー感」をモットーに、利用者1人ひとりに寄り添って、学びと楽しみを通じて、その醸成と共有に努めている。また、重度の利用者が直面する「医療と福祉の壁」に対しても、それを乗り越えようと、さまざまなアプローチでチャレンジしている。
そして、このような介護・支援サービスを実現していくうえで欠かせないもう1つの需要な要素が、「通所」するために必須となる「送迎(利用者の搬送)」である。「らっこかん」には、自力で通うことができる利用者は皆無に近い。保護者が送り迎えするケースも、このまま少子高齢化が進んでいけば、当然ながら利用者・保護者ともに年齢が引き上げられていく。そうなると、送り迎えという行為自体が保護者の肩に重くのしかかっていく。さらには、送迎手段を確保できたとしても、利用者がその送迎そのものを嫌がるケースも想定される。そうなると、いかに質の高いサービスやプログラムを提供できたとしても、元も子もなくなってしまう。要は単に物理的にヒトを搬送するだけでは、福祉施設の送迎は成り立たないということ。利用者に送迎車に乗りたくなる仕掛け、送迎中の負荷を解消し、楽しく快適な時間を提供していくことが必要不可欠なのである。
そこで今回は、「福祉施設に求められる送迎(搬送)とは何か⁈」をテーマに、「らっこかん」の主催者である森下 尊広氏とそれぞれの役割を担うメンバーの話を踏まえて、その理想形について、福祉の現場が直面している課題から検証していくことにする。

課題① 制度と仕組みのはざまで
法的整備が進む中でも弾力性を追求

障害者支援施設は「障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)」第5条の11(障害者につき、施設入所支援を行うとともに、施設入所支援以外の施設障害福祉サービスを行う施設)で規定されている社会福祉施設を指す。施設事業者は市区町村に認可申請を行い、利用者もまた市区町村の窓口を通じて入所申込を行う仕組みとなっている。形態は①障害者に対して夜間から早朝を含めた施設入所支援を提供する「居住支援事業」、②昼間に生活介護・自立訓練・就業移行支援などを提供する「日中活動事業」に大別される。
なお、「障害者総合支援法」は2006年(平成18年)に施行された「障害者自立支援法」を踏まえて、地域社会における共生の実現に向けた新たな障害保健福祉施策を講ずるための法整備の一環として、2013年(平成25年)4月1日に名称変更を伴い施行されている。下の図01は厚生労働省が示す「障害者福祉サービスに係る自立支援給付等の体系」。そのうち「らっこかん」は緑色で囲んだ部分に相当する。図02は、そのうちの「日中活動事業」におけるサービス体系を抽出したものである。

障害者総合支援法

図01:障害者福祉サービスに係る自立支援給付等の体系(厚生労働省)

日中活動事業

「日中活動事業」におけるサービス体系

上記の図の通り、「障害者自立支援」という枠組みの中でよく語られるのが「就労支援」である。なかでも職業訓練や生産活動を支援するサービスとなる「就労継続支援A型」および「就労継続支援B型」は、企業などで働くことが困難な場合に、障害者支援施設内において障害や体調に合わせて自分のペースで働く準備をしたり、訓練や実作業をを行うことができる。そのため、障害者の経済状況の改善や、社会参画の扉を開く施策として注目を集め、施設の数も増えつつある。ちなみに「就労継続支援A型」は、「就労」がメイン。雇用契約に基づいた勤務が可能なものの、障害・難病などにより一般企業への就職が難しい人を対象としており、事業所と雇用契約を結ぶことで定められた給与も支払われる。「就労継続支援B型」は、障害・年齢・体力などから一般の企業で働くことができなくなった人などが対象で、作業訓練などを通じて生産活動を行い、その成果に対して報酬が支払われる。訓練を積んでA型や就労移行支援(就労に向けたトレーニングを行い、働くために必要な知識やスキルを習得し、就職後も職場に定着できるようサポートするサービス)を目指すため、「訓練・リハビリ型」と位置付けることができる。
就業支援の波は、生活介護事業所である「らっこかん」においても、徐々に押し寄せつつあるらしく、割り箸の封入など、簡便な「作業」を求められるケースもあるという。このような状況について、「らっこかん」の代表取締役社長である森下 尊広氏は、「是と非」の両面があるという。
「どんなに重度の障害者であっても、社会の一員であることは間違いありません。その観点において、生活介護のサービスに就業支援の領域が持ち込まれることは、個々の将来を拡げる糧としての可能性を秘めています。実際に、保護者の方たちの多くはいわゆる“ステップアップ”を求めており、それを喜びとしていることも少なくないと思います。これが「是」の要素です。一方、生活介護サービスの現実を直視した場合、利用者は当初において、通所自体を苦痛に感じるケースも少なくありません。そこで我々は、さまざまな趣向を凝らしたメニューやプログラムで、何とか利用者に楽しんでもらいたい、幸せを感じてもらいたいと努めています。ところが、そこに「作業」という要素が付加され、それが利用者にとっての“苦痛の種”となってしまうと、せっかくの利用者とサービス提供者双方の努力が水の泡となってしまう懸念があります。 “生活介護事業所は楽しいけれど、作業があるから行きたくない”といった状況を危惧するからです。私は生活介護サービスには、必ずや弾力性が必要だと感じています。つまり、“枠”の中で生活してもらうのではなく、一緒に“枠”を創っていくことこそが、重要だと考えているのです。その意味で“らっこかん”は少し変わった事業所なのかもしれませんが、その一方で“だからこそ、支持されている”という自負も持っています」
ここでいう「弾力性」とは、思考や行動などが状況の変化に適応できる性質、すなわち柔軟性・融通性と同義である。その点において、「らっこかん」では利用者様1人ひとりの特性や希望に合わせて、昼の送迎、自宅への昼食お届け、散歩・PC操作・機織り・外出活動などといった個別プログラムなど、まさに弾力的なサービスとプログラムを提供している。
同時に弾力性があるメニューやプログラムを創出していく上でも、今後はモビリティ(搬送)が重要な鍵を握るともいう。例えば「らっこかん」では、近くの公園で自作のフリスビーを飛ばしたり、荒川の河川敷を散策しながら風景や植物への興味を促すといった、いわゆる屋外活動が活発に行われている。現状では徒歩圏内に限られているが、モビリティの体制さえあれば、その活動をもっと拡げることができるであろう。
また、弾力的な取り組みの中で就労支援サービスを提供し、その成果により利用者が就労支援へと移行できたとしても、現状の「送迎サービス」に慣れてしまっている彼らは、新たな事業所にどうやって通うのであろうか? という課題もある。そこに配慮するならば、いわゆる「送迎」ではない、「自身による移動」に関するトレーニングも必要になってくるはずだ。そのためには、既存の送迎車のみならず、いくつかのバリエーションが必要になってくるかもしれない。
「通所や就労を別にしても、移動は人間の生活において、非常に重要な要素です。自立歩行できない人や寝たきりの人たちも存在しますが、そういう人たちだって優れたモビリティ手段さえあれば、自分が望む場所へと移動できる可能性が大きく拡がります。当然ながら、障害者といっても、その症状は千差万別ですし、1人ひとりの個性や感性、人間性も異なります。すべての“個”に対応できないとしても、少なくとも福祉の世界では、もっともっと多様なモビリティ手段が求められていると思います」(前出・森下氏)

COVID-19禍において「移動制限」が現実のものとなる中で、改めて「移動の自由」が担保されることの重要性が叫ばれている。それは基本的に健常者の論理による議論だが、「決してそれだけではない」ということを、森下氏の言葉から深く考えさせられた。

障害者生活支援における調理

「調理」を覚える、楽しむも重要な生活支援

障碍者生活支援のおける屋外活動

学びが多い「屋外活動」を質的・量的に向上させたい

生活介護事業所「らっこかん」代表取締役社長・森下 尊広氏

「らっこかん」代表取締役社長・森下 尊広氏

課題② 多様性と個別対応のはざまで
目指すは「ダイバーシティ」の発想に基づく福祉施設

「達成感・幸せ感・ハッピー感」の達成に向けて、ユニークなサービスやプログラムを提供している「らっこかん」では、他の福祉施設とは異なる大きな特色がある。「多様性」への担保と対応だ。「らっこかん」を利用する人の多くは、発達障害に分類される人たちだが、身体障害に視覚障害、聴覚・平衡機能障害、音声・言語・そしゃく機能障害、肢体不自由、内臓機能疾患による内部障害などがあるように、発達障害と言ってもADHD(注意欠如・多動症)や学習障害、アスペルガー症候群、自閉症、鬱病・躁鬱病、てんかん、脳機能障害など、その症状は一様ではない。加えて「らっこかん」では、統合失調症や知的障害をはじめとする精神障害に分類される人たちをも受け入れている。当然ながら、同じ障害・病気であっても、「個」によって、症状の現われ方も、生活における課題も異なってくる。その中で「1人ひとりの尊厳」を大切にしながら生活支援を行っていくことは想像を絶するが、「らっこかん」では敢えてそこにチャレンジしているという。
ちなみに、2005年4月に施行された「発達障害者支援法」では、法律では障害者としてみなされなかった発達障害の定義が明文化され、従来からある「精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)」との整合性が図られるとともに、医療・保健・福祉・教育・就労などにおける発達障害者の社会的な支援体制の確立が体系化されたと言われている。しかし、現実は「決して順風満帆ではない」と森下氏は説く。

「福祉施設・福祉サービスといっても、事業である限り継続性が求められますし、効率や生産性も求められます。また、介護福祉士をはじめとする人的リソースの確保が共通課題となっていることも事実。その結果、福祉事業者においては症状や年齢、タイプなどによってセグメントしたり、利用者を限定してサービスを提供している傾向がみられます。ほとんどの福祉事業者が、そのロジックのもとに運営しているのではないでしょうか。しかし我々は、言葉は悪いかもしれませんが、敢えて“混ざる”ことを意識して運営していこうと考えています。というのも、障害者であろうが健常者であろうが、人間は決して1人では生きていけません。地域や社会の中で生きています。そして、そのための対応力を身に着け、そこで幸せを感じるためには、やはり“他者理解”こそが重要です。自分に近い、似たような境遇の人たちばかりが集まるのではなく、自身との違いを認識して、個々が自身の尊厳を確認することができれば、自然と他者への尊厳も生まれていくように思うからです」(前出・森下氏)

「個への対応」と「利用者全員での取り組み」……。「らっこかん」では二律背反とも思われるこの2つのアプローチで、利用者たちに「人の輪」の中で対応していく力の大切さを伝え、実感してもらうことに日々、奮闘している。音楽イベント、お散歩、調理、体操、ベランダ農園、工作、トランプなどのゲーム、サンドイッチパーティー、たこ焼きパーティー、自作紙芝居、そして四季折々のイベント、1泊2日の宿泊体験……、「らっこかん」のユニークな取り組みは枚挙に暇がない。
その一方で、「個への対応」にも抜かりは
ない。利用者の多くは当初、集団に入ること自体に恐れを抱いている。それが、少しずつ輪の中に入っていくと、「みんなが一緒」という感覚と、「1人ひとりが違う」という理解が生まれ、信頼関係が形成され、互いに受容・寛容していくことの大切さを身に着けていくという。
日々、利用者と接している生活支援員の岡本 真弓さんは、その変化を次のように説明する。

「例えば、みんなで調理をして、上手くできた時。まずは素材を上手に切れたことで笑顔、次に完成した時に笑顔、そして食べた時に笑顔……と、笑顔がどんどん増幅していくんです。そこには個人としての達成感と、みんなで協力し合ったことの喜びが凝縮しているように感じています」

世の中では現在、「ダイバーシティ」という言葉が、1つのキーワードになりつつある。直訳すると「多様性」であるが、特に「働き方改革」が叫ばれるようになってから顕著で、主に雇用の機会均等、多様な働き方を指すことが多い。しかし元来は、アメリカにおけるマイノリティーや女性に対して、差別のない平等な処遇を実現するために広がった「人権」の観点に立脚した言葉である。
この「ダイバーシティ」は、国際連合(国連)の提唱する「SDGs(持続可能な開発目標)」においても、SDGsを統合する基軸として位置付けられている。それは何故か?  持続的な世界・社会を実現するための共通言語/目標であるSDGsには下図の通り、「17の目標」が掲げられており、さらに169のターゲットが設定されている。そして、最後の18番目に記されているのが「GOALS」である。
ここで注目したいのは、決して「GOAL」ではなく、複数形であるということだ。つまり、国連が採択したものの、SDGsは「絶対的規範」ではなく、ダイバーシティ社会を生きる私たち1人ひとりが次代へ向けて、それぞれの視点から自分が重要だと考え、達成したい「ゴール」を付け加えることに意義がある。
それだけに、多様性の担保と個々の尊厳に寄り添う「らっこかん」の方針と活動は、まさに「ダイバーシティ」へ向けての試行錯誤であるといっても過言ではない。それは単に、現状課題を解決しながら目標に向かってハードルを越えていくという「フォアキャスティング」のアプローチにとどまらない。「あるべき未来」という山頂に立って、俯瞰しながら道を探る「バックキャスティング」のアプローチにも立脚している。
この考え方とアプローチは当然、福祉モビリティにおいても踏襲されるべきだ。「らっこかん」のような試行錯誤する福祉施設で蓄積された現場志向・現場発想の知見やノウハウを踏まえて、「ダイバーシティ」の発想に基づく車両やモビリティサービスが育まれていくことを期待したい。

18番麺に掲げられるSDGsのゴールは「GOAL」ではなく「GOALS」

SDGsの17の目標と18番目の「GOALS」 1人ひとりが目標に向かうためには、「ゴール」複数形であることが重要

生活介護事業所「らっこかん」はイベントがたくさん

今日は楽しい「たこ焼きパーティー」

生活支援事業所「らっこかん」のイベント(紙芝居)

自作自演の「紙芝居」でコミュニケーションが拡がる

課題③ 福祉と医療の壁のはざまで
常駐看護師が医療機関とのリレーションを構築

用者に寄り添うユニークな運営を推し進める「らっこかん」のもう1つの特徴は、2名の看護師が常駐していること。重度かつ多様な障害者を持つ利用者が集うことから、発作や症状の悪化に伴う医療的ケアが必要なケースが日々、想定されるからである。同時にすべての利用者に安心して通所してもらえることを目的に、看護師による体重・血圧測定を定期的に実施し、健康状態の把握に努めている。

具体的に、「らっこかん」のような生活介護事業所の利用対象は次のように規定されており、原則として医師や看護師の配置・嘱託が義務付けられている。
① 障害支援区分3以上(施設入所支援等に入所する場合は区分4以上)
② 年齢が50歳以上の場合は障害支援区分2以上(施設入所支援等に入所する場合は区分3以上)
③ 生活介護と施設入所支援との利用を組合せを希望するもので、障害者支援区分4(50歳以上で区分3)より
低い者で、特定相談支援事業所によるサービス等利用計画案を作成し、手続きを経て、市町村により必要性を認められたもの(「新規入所希望者で区分1以上のもの」など)
ちなみに障害者総合支援法における「障害支援区分」とは、障害の多様な特性その他の心身の状態に応じて必要とされる標準的な支援の度合を総合的に示すもので、下図のようになっている。

障害支援区分

障害者総合支援法における「障害支援区分」

とはいえ、生活介護事業所の多くは小規模であり、医師や看護師を配置させるには経営上、ハードルが高すぎる。また、地方自治体としても利用者の便宜を勘案して、厳格化することに二の足を踏んでいるケースも少なくないという。そのため、「嘱託医ならびに嘱託看護師を確保する」というところで留まっているのが現実である。

その中にあって「らっこかん」では、敢えて看護師を常駐させている。看護師として「らっこかん」で働く黒川 冬喜子さんは、その理由を自身の経験を踏まえて次のように説明する。

「私自身、1年前までは病院勤務の看護師でした。もちろん、そこでも仕事のやりがいは感じていました。ただ、仕事をしていく中で、看護師の本分ともいえる“医療ケア”とは何か? ということを常に考えていました。その中で私が出した答えは、医療ケアとは“日常生活に必要とされる医療的な生活援助行為”であるということでした。看護師の仕事は、医師の指示に基づいて医療行為を代替する注射や点滴といったなどもありますが、実際には病室の巡回から痰の吸引、薬を飲んだかどうかの点検・確認……、多岐に亘ります。前者は医師しかできない“絶対的医行為”に対する“相対的医行為”と位置付けられる看護師ならではの仕事です。一方、後者は患者さんの生活そのものを援助・支援する仕事となります。その後者の重要性に気付いた時、私は“この本分をもっと広く生かすことはできないだろうか?”と考えたのです。そう考えていた私とフィットしたのが、生活介護の真髄を追求しようとしている“らっこかん”での看護師募集でした。話をしてみると“医療と福祉のパイプ役を担ってほしい”と言われ、まさに私が考えていたことを具現化できそうでした。実際にここで働き始めて痛感していることは、やはり医療と福祉の間には“大きな壁”が存在するということです。“らっこかん”とともに、その課題へ向かってチャレンジできていることに、私はいま、確かな誇りを持っています」

一般的に、介護施設で働く看護師の役割・仕事内容は、病院などの医療施設が「病気の治療」を目的としているのに対して、介護施設では「健康管理」がメインとされている。また、状態が急変して緊急性が求められる際には、医療ケアを行いながら、救急隊員や病院へ引き継ぎが求められる。
前者において、「らっこかん」では介護福祉士や生活支援員の「健康管理」に関する意識が高く、「自分はそのレベルアップを図ることに注力できた」と黒川さんはいう。また、後者については「イレギュラー(異常事態)と捉えてはいけない」と力説する。利用者の疾病や障害に対する専門的な理解はもちろんのこと、治療のプロセスや状況についても十分に把握しておく必要があるからだ。そのため、黒川さんは利用者のかかりつけ医や近隣の医療機関などとのリレーションを築きつつ、コミュニケーションを重ねながら、緊急事態を未然に防ぐことにも力を注いでいるという。

「医療と福祉の壁」について、「らっこかん」の運営サイドはどのように考えているのだろうか? 最大の問題は「アセスメントに必要な情報が十分に集まらないこと」だと森下氏は言う。福祉・介護において使われるアセスメントとは、利用者の状態や生活環境などの情報を集めて総合的に分析し、利用者が抱えている課題を明確にすること。これが、実際のケアプランのベースとなる。しかし、実際にはケアマネジャーと呼ばれる介護支援専門員が、要介護者と面談して収集する情報がほとんど。つまり、医療機関などの外部からの情報は乏しく、課題分析を総合的に行うためには心許ないというのが、現場の実感のようだ。その理由としては、ケアマネジャー自身が福祉の専門家であり、「医療・リハビリに関する知識に自信がない」ということが想定されるが、同時に「医師の協力が得られない」ケースも多々あるようだ。
上記の状況を解決することを目的に、看護師の常駐に踏み切った「らっこかん」であるが、その効果を事務長の半沢 考氏は次のように語る。

「日本社会はとかく縦割りだと言われますが、本来は密接であるべき福祉と医療の関係性においても、それは実存しています。そこを変えていかなくては!! というのが我々のスタンスで、その一環として看護師の常駐を運営の基本に据えました。運良く、我々の期待を超えてくれる看護師が来てくれて、その糸口をつかむことができました。その相乗効果よって、現場の意識も大きく変化しており、“健康管理”という観点では、かなりレベルアップできたと実感しています」

緊急事態を招かないようにするための準備は整った。しかし、それでも避けられないケースは生じるであろう。その際に、そのリスクを最小限にとどめるために求められるのが、やはり緊急時の搬送手段である。

「当然ながら、事態が深刻な場合は119番で救急車を要請することが最善策となるでしょう。しかし、一言で緊急といっても、そのケースはさまざまです。であれば、もっと多彩な搬送手段があって欲しい、というのが正直なところです。それは民間救急であってもいいし、介護タクシーでもいい。また、医療機関側に搬送体制や訪問体制があれば、それを利用することもできるでしょう。いずれにしても、医療と福祉のリレーションをもっと太く強くしていけば、より迅速かつ安全に治療に移せる仕組みが構築できるはずです。その鍵を握っているのが、搬送手段の多様性と柔軟性なのではないでしょうか」(前出・森下氏)

例えば、現在、猛威を振るっているCOVID-19などの感染症……。疑いがあれば、すぐにでも医療機関に連れていきたいというのが、誰しもが望むことであろう。しかし、COVID-19禍にあっては、現実的にそれが叶わないケースが垣間見られた。被害が短期間に集中する災害時などにおいては、それはさらに顕著になるはずだ。同時にに福祉施設の特殊性を考えると、1つの事象の悪化が連鎖して、別の事象をもたらし、状況がより深刻になることも想定される。それだけに、より迅速な医療ケア、医療行為への移行が求められるはずだ。
救急搬送のエキスパートである救急車ならびに救急救命士の存在は重要である。しかし、そのリソースは無限ではない。COVID-19禍によって、そのことを思い知らされたいま、医療体制の再構築はもちろんのこと、医療と福祉の本当の意味での包括的な連携を真剣に考えるべき段階を迎えているに違いない。

生活支援事業所「らっこかん」の看板

1号館と2号館がある「らっこかん」には、常時2名の看護師が常駐し、
相互に協力し合いながら、利用者の安心・安全を追求している

課題④ 自前送迎と民間送迎のはざまで
タクシー会社のドライバーはみんなの人気者

昼の送迎や自宅への昼食お届けといったユニークな取り組みを含めて、「らっこかん」が利用者の送迎に注力していることは前述した。その一環として、「らっこかん」ではタクシー会社との提携による送迎の課題解決にも着手している。送迎のフレキシビリティと安心・安全を担保することが目的だ。

「フレキシビリティという観点では、限られたリソースでの送迎では、利用者のニーズに十分に応えられないということがあげられます。一方、安心・安全においては、タクシー会社のドライバーは第二種免許を取得しており、運転経験が豊富。加えて道についても熟知しているので、利用者の自宅までの道程もスムーズに覚えられるという利点もあります。加えて、プロのドライバーとしての知見やノウハウを享受させていただくことで、送迎に関する我々自身の計画や運営を向上させていくことにもつながると考えました。現状は週単位のスケジュールに合わせた定期的な運行をお願いしているところですが、今後はテンポラリーな運用などもお願いしていくことも視野に入れています」(前出・森下氏)

とはいえ、タクシー会社の運転手にも適性があるという。送迎で車に乗っているひと時は、利用者にとってナーバースで、不安が付きまとう時間となるからだ。それだけに、ドライバーには障害者に対する理解はもとより、不安を解消できるようなコミュニケーション力と包容力、そして突発的な状況への対応力が求められるという。
そのような懸念はあったものの、「現在、お願いしている方はまさに適任で、利用者の1人ひとりを覚えてくれていて、利用者からも“〇〇さ~ん”と呼ばれ、とても親しまれています」と、森下氏は全幅の信頼を寄せる。

一方、利用者の不安を解消するためには、車両自体にも工夫や付加価値が必要だという。

「現状は大型のバンを使用していますが、利用者の障害は多様ですから、車椅子での搬送を含めた福祉車両としての機能はもとより、いざ緊急で医療機関に搬送しなければならないことを想定すると、AEDや酸素吸入、バイタル測定機器などといった医療機器・計測機器の装備も脳裏に浮かびます。同時に日々の送迎ということを考えると、みんながワクワクするような心理面での工夫や機能も、もっと充実させたいと考えています」(前出・森下氏)

そこで、「一風変わったクルマ」の一例として、一般社団法人医療・福祉モビリティ協会が企画した感染者対応搬送車を見てもらい、メンバーに評価してもらうことにした。感染防止のための隔壁がある、少し重苦しいイメージの車両だが、メンバーからは賛否両論、さまざまを声を聞くことができた。

「感染防止という意味合いは分かるけど、隔壁はやっぱり威圧感がある」
「隔壁で、声が聞こえづらくなるのは問題。感染と関係ない時は、容易に取り外しができたり、スライド式の隔壁はできないものなのか?」
「車椅子用の電動スロープはとっても便利。利用者にとっても、苦痛が少なく安心だと思う」
「ミニバンだから、狭い道の運転は楽になるはず。利用者の自宅の場所を問わずに送迎できるようになる」
「ミニバンだったら、ドライバーの負荷も軽減されるし、確保もしやすくなりそう」
「感染者搬送においては、完璧。こういうクルマを保健所や民間、医療機関などに配備して、必要に応じて使えるような仕組みがあったらいい」
「換気扇が付いているのは、利用者の健康にプラスかも」
「目的に合わせて、クルマを自在に変えられるということを実感できた。福祉といっても広いので、それぞれの施設が目的に合わせたクルマを持てるようになると、福祉の質はもっと向上するのでは」
「私たちのニーズに合わせて、クルマをデザインできるという希望が持てた」

通所型の福祉事業所において、「送迎」は利用者と事業者を結ぶ、非常に重要な要素の1つである。しかし、現実問題として、制度上における送迎は、決して比重が高いものではないらしい。送迎サービスは基本報酬に包括されていて、福祉事業所が独自のサービスを創出するにもハードルがある。それでも「らっこかん」のメンバーたちの目の輝きから、「明るい未来はある」と確信することができた。

感染者対応搬送車と福祉施設

感染者対応搬送車とメンバーたち。左から森下氏、黒川氏、岡本氏

 

ジャーナリスト 奥平 等